ひねくれ者の小唄

もし、西洋美術史の老教授が、レオナルド・ダ・ヴィンチについてひどくまともな講義を行ってくれたとしたら…
たぶん多くの人は寝てしまうでしょう。
少なくとも、僕は入眠する自信があります。


しかし、もしレオナルド・ダ・ヴィンチの絵に暗号が隠されているとしたら…。
暗号を解いていくと、キリストには子孫がいて、その血脈を守る秘密結社が存在すると分かってくるとしたら…。
そういうお話にはみんな興味を示すでしょう。
だからこそ、『ダ・ヴィンチ・コード』がヒットするわけで。


一般の人々も、その程度にはひねくれ者なのです。


しかし、世の中にはそんなひねくれ度合ではおさまらない、ひねくれ偏差値の高い人々が存在するのでして、彼ら/彼女らは、「『ダ・ヴィンチ・コード』に書かれてることって、どこまでほんとなの?」とか疑い出すわけです。


そういう方々は、こんな本を読むことになるでしょう。


皆神龍太郎・著『ダ・ヴィンチ・コード最終解読』(文芸社


ダ・ヴィンチ・コード最終解読

ダ・ヴィンチ・コード最終解読


僕もこの本読みました。
内容は、ネタバレになるから紹介しませんが…。
ただ、一つ言っておかなければならないことがありまして、僕は『ダ・ヴィンチ・コード』そのものを読んだことがありません。
だから、僕にとって『ダ・ヴィンチ・コード』に書いてあることがどうであろうと、それにたいした興味はないんです。


じゃあ、なんでわざわざ『最終解読』を読んだの!?


その理由は、著者と出版社にあります。
著者は、「トンデモ本」を提唱した「と学会」の主要メンバーにして、日本の懐疑派を代表する人物。
出版社は、あの韮澤さんが社長の日本を代表するオカルト専門出版社・たま出版の関連会社*1


僕としては、この取り合わせに唸り、「これは買いだ!!!」と思ってしまったのでした。


もはや、『ダ・ヴィンチ・コード』なんてどうでもいい境地に達しているわけで、これはすばらしいひねくれっぷりだと思いません?
つまり、今日の日記は、僕のひねくれ自慢なのですね。


ちょっと、まじめな話をしておくと…
人間の思考ってのは、常にひねくれる運命にあると思うんですよ。
ある問題に対して、エイヤッと立ち向かっていく能力っていうのは、人間的と言うよりはむしろ動物的な能力なんだと思います。
だから、つまらんこと考えてないで、もっと動物的になった方がいいと思うよ。
…と自分に呼びかけてみる。

*1:たま出版の子会社としてスタートしたことは確実なようですが、その後増資を行っており、現在の株主構成が僕には確認できないため、こう表現してます。