笑い

落語は庶民の反抗精神の産物だという説があるが、私はそうは思わない。もっとドライなアンチ・ヒューマニズムというべきものが底にあるようだ。落語には毒があるのである。うすのろをばかにし、死者をからかい、失敗をあざ笑い、病人に非情である。
星新一『落語の毒』より。ただし、星新一・著『宇宙のあいさつ』<新潮文庫ISBN:4101098107>所収の百目鬼恭三郎「解説」に引用されたものからとった。)


別に、落語に限らない、と僕は思うのです。
笑いというのは常に「うすのろをばかにし、死者をからかい、失敗をあざ笑い、病人に非情」なのだと思うし、そこからしか笑いはうまれ得ないのだと。

笑いは何よりもまず矯正である。屈辱を与えるように出来ている笑いは、笑いの的となる人間につらい思いをさせなければならぬ。社会は笑いによって人が社会に対して振舞った自由行動に復讎するのだ。
ベルクソン・著、林達夫・訳『笑い』<岩波文庫ISBN:4003364538>より)


とはいえ、人間関係にとって笑いは必要不可欠だし、いやそんなことよりもまず僕の人生に笑いは必要不可欠なのです。
たとえ、誰かを犠牲にしなければ笑いはうまれないのだとしても、それでも一生に一度でも多く笑いたいというのが僕の本当に切実な願いなのであります。


人を傷つけたくないという思いと、それでも笑いたいという思いを両方かなえるための方法はたった一つしかありません。
それは、自分を傷つけること、つまり自虐ってやつです。


てなわけで、
僕は自虐的なことばっかやってる変態的なやつだと思われているけど、その裏にはこんな事情があるんだよっていうお話。
まあ、あんまり自虐が過ぎると、ドン引きされて笑いなんて起こらないんだけどね…。