ギリシア哲学者列伝

書評シリーズその3。
恥ずかしながら、これはもう本当に恥ずかしながら、僕はこれまで上・下巻に分かれた本というものを、読んだ記憶がありませんでした。
そのような長い本を読む気がしなかったのです。
ましてや、上・中・下巻に分かれた本などもってのほかでした。


こんな奴が文学部に進学しようとしているのだから、誰か止めた方がいいと切に思う今日この頃ですが、それはともかく、最近おそらく人生で初めて上・中・下巻に分かれた本を読みました。


ディオゲネス・ラエルティオス・著/加来彰俊・訳『ギリシア哲学者列伝』(岩波書店岩波文庫>)
(上):1984/asin:400336631X
(中):1989/asin:4003366328
(下):1994/asin:4003366336


これまで上・下巻2分冊でさえ無理だったのというのに、いきなり上・中・下巻3分冊ってのが、すでに厳しい戦いを予想させます。
しかも、内容がなんだかつまらなそうなギリシア哲学者の話ってのは、いかにもハードルが高そう…。


ですが、この本は別に堅苦しいテツガクの本ではなかったのでご安心を。
哲学についての本と言うよりは哲学者についての本であり、というか哲学者の雑多なエピソードの寄せ集めのような本です。


エピソードと言えば、キュニコス学派ディオゲネス。乞食同然の生活をし、大甕(酒樽)に住むなどの奇行を繰りかえしていたとされる人です。
この哲学者のエピソードは、中巻でたくさん取り上げられていますが、一番感銘を受けたのが以下のもの。

彼はまた、アテナイ人たちから愛されてもいた。事実、ある若者が彼の(住居にしていた)大甕をこなごなに壊したとき、アテナイ人はその若者に鞭打ちを加えたが、彼には別の甕を提供してやったからである。


現代日本にもこれくらいの寛容さがあれば、某都知事候補から「我々少数派が、いよいよもって生きにくい世の中が作られようとしている!」とか言われずに済んだんじゃないかと思ったり。