谷川、黒田、そして木島

おととい、久しぶりに歌ってきました。木島始・作詞、信長貴富・作曲『男声合唱とピアノのための「初心のうた」』(音楽之友社/2007/asin:4276548586)です。
楽譜の最後に載っかっている詩を見て、今さらながら気付いたこと…
「ひとり」(または「独り」)っていう表現が多いなあ。
1曲目の「初心のうた」で4回、2曲目の「自由さのため」で2回、終曲(5曲目)の「泉のうた」で8回。
やっぱ、木島始は都会人なんだよな。


20歳にもなって、最近ようやっと詩を読み始めた僕の手元には、現在3冊の詩集があります。
谷川雁詩集』(思潮社<現代詩文庫>/1968/asin:4783707014
『新々 木島 始 詩集』(土曜美術社出版販売<新・日本現代詩文庫>/2003/asin:4812014026
黒田喜夫詩集』(思潮社<現代詩文庫>/1968/asin:4783707065


その中の『黒田喜夫詩集』には、木島始による「断種アンビヴァランス」という作品論・詩人論が収められています。その一節。

黒田の場合には「原点は存在する」といった詩人よりはるかに肉体に根ざしたものとして原点を引きずって、(後略)


「『原点は存在する』といった詩人」とは、谷川雁のことです(彼は正確には「原点存在する」と言ったのですが)。
論じる木島、論じられる黒田、引き合いに出される谷川…この一節には、僕の愛読する3人の詩人が勢揃いしています。
今日は、この3人の詩人を比較しつつ、「木島始は都会人」という僕の感慨の根拠を説明してみようと思います。


さて、「原点が存在する」とは何か。
これは谷川雁が1954年に書いた論説の題名で、その内容は当時の人々に強いインパクトを与えました。
では、「原点」とは何か。
革命家だった谷川は、しかし、左翼・共産主義者の多くが伝統的な村落共同体の解体を志向し、その上での革命を目指していることに異議を唱えました。そして村落共同体を革命の根拠地、「原点」とすることを唱えたのです。


実際、彼の詩は人々の心の中にある「原点」を揺さぶろうとするものです。例えば、代表作のひとつ「東京へゆくな」。

東京へゆくな 谷川雁


ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから
おれはみつけた 水仙いろした泥の都
波のようにやさしく奇怪な発音で
馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい


なきはらすきこりの娘は
岩のピアノにむかい
新しい国のうたを立ちのぼらせよ


つまずき こみあげる鉄道のはて
ほしよりもしずかな草刈場で
虚無のからすを追いはらえ


あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ


おれたちのしりをひやす苔の客間に
船乗り 百姓 旋盤工 坑夫をまねけ
かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき
それこそ羊歯でかくされたこの世の首府


駈けてゆくひずめの内側なのだ


「東京へゆくな ふるさとを創れ」…「東京」のような都会ではなく、「ふるさと」の村にこそ革命の「原点」があるという叫びです。
さらに言えば、「ふるさとに帰れ」とか「残れ」ではなく、「ふるさとを創れ」としているのは、谷川の「故郷はこれから作るべきものだ」という考えが表れているのでしょう*1
谷川の詩には他にも「おれは砲兵」、「坑底をあるくコンミューン」、「破船」、「世界をよこせ」など、わくわくするようなものがたくさんあります。それらの詩で村と革命をうたった谷川雁。彼にとって、村とは未来にむけて「夢みられたコンミューン」*2なのです。



谷川が村の夢をうたった詩人であるとするならば、黒田喜夫は村の悪夢をうたった詩人であるといえるでしょう。
両者を比較する上で興味深い2つの詩を並べてみます。

雲よ*3 谷川雁


雲がゆく
おれもゆく
アジヤのうちにどこか
さびしくてにぎやかで
馬車も食堂も
景色も泥くさいが
ゆったりとしたところはないか
どっしりとした男が
五六人
おおきな手をひろげて
話をする
そんなところはないか
雲よ
むろんおれは貧乏だが
いいじゃないか つれてゆけよ

雲 黒田喜夫


大抵のひとは
雲をながめるのが好きだろう


おれも好きだ
昔っから好きだ


それも
印象派の音楽家がフルートで
のんびり描いたような
晴れた日のぷかぷかした雲の様もよいが
嵐の前ぶれをみせて青黒く
乱れた雲が何よりだ


限りなく混沌としているようでいて
そのくせ
ひっしひっしとひとつになって
何処かへ移っているのだ


あいつらを見ていると
大声をあげたくなる


恐ろしい速度をもっているに違いない
恐ろしい断面をもっているに違いない
あいつらを
でかいドラムと
牛のように吠えるチューバとで
思い切りうたってやりたいものだ


雲に託してアジアの夢、村の夢をうたった谷川の詩に対し、黒田の詩は同じ雲を描きつつも、なにやら物騒な影を帯びています。
この「雲」は黒田のごく初期の作品です。その後、第一詩集『不安と遊撃』において、黒田の悪夢はまさしく青黒い雲のようにわき出してくるのです。

毒虫飼育 黒田喜夫


アパートの四畳半で
おふくろが変なことを始めた
おまえもやっと職につけたし三十年ぶりに蚕を飼うよ
それから青菜を刻んで笊に入れた
桑がないからね
だけど卵はとっておいたのだよ
おまえが生まれた年の晩秋蚕だよ
行李の底から砂粒のようなものをとりだして笊に入れ
その前に坐りこんだ
おまえも職につけたし三十年ぶりに蚕を飼うよ
朝でかけるときみると
砂粒のようなものは微動もしなかったが
ほら じき生まれるよ
夕方帰ってきてドアをあけると首ふりむけざま
ほら 生まれるところだよ
ぼくは努めてやさしく
明日きっとうまくゆく今日はもう寝なさい
だがひとところに目をすえたまま
夜あかしするつもりらしい
ぼくは夢をみたその夜
七月の強烈な光に灼かれる代赭色の道
道の両側に渋色に燃えあがる桑木群を
桑の木から微かに音をひきながら無数に死んだ蚕が降っている
朝でかけるときのぞくと
砂粒のようなものは
よわく匂って腐敗をていしているらしいが
ほら今日誕生で忙しくなるよ
おまえ帰りに市場にまわって桑の葉を探してみておくれ
ぼくは歩いていて不意に脚がとまった
汚れた産業道路並木によりかかった
七十年生きて失くした一反歩の桑畑にまだ憑かれてるこれはなんだ
白髪に包まれた小さな頭蓋のなかに開かれている土地は本当に幻か
この幻の土地にぼくの幻のトラクタアは走っていないのか
だが今夜はどこかの国のコルホーズの話でもして静かに眠らせよう
幻の蚕は運河に捨てよう
それでもぼくはこまつ菜の束を買って帰ったのだが
ドアの前でぎくりと想った
じじつ蚕が生まれてはしないか
波のような咀嚼音をたてて
痩せたおふくろの躰をいま喰いつくしてるのではないか
ひととびにドアをあけたが
ふりむいたのは嬉しげに笑いかけてきた顔
ほら やっと生れたよ
笊を抱いてよってきた
すでにこぼれた一寸ばかりの虫がてんてん座敷を這っている
尺取虫だ
いや土色の肌は似てるが脈動する背に生えている棘状のものが異様だ
三十年秘められてきた妄執の突然変異か
刺されたら半時間で絶命するという近東沙漠の植物に湧くジヒギトリに酷似している
触れたときの恐怖を想ってこわばったが
もういうべきだ
えたいしれない嗚咽をかんじながら
おかあさん革命は遠く去りました
革命は遠い砂漠の国だけです
この虫は蚕じゃない
この虫は見たこともない
だが嬉しげに笑う鬢のあたりに虫が這っている
肩にまつわって蠢いている
そのまま迫ってきて
革命ってなんだえ
またおまえの夢が戻ってきたのかえ
それより早くその葉を刻んでおくれ
ぼくは無言で立ちつくし
それから足指に数匹の虫がとりつくのをかんじたが
脚は動かない
けいれんする両手で青菜をちぎり始めた


この詩を木島始・編『列島詩人集』(土曜美術社出版販売/1997/asin:4812006694)で初めて読んだとき、かなりの衝撃を受けたのですが、黒田には他にも「燃えるキリン」、「空想のゲリラ」、「原点破壊」、「地中の武器」などの凄まじい詩があるので、これらについては実際に読んでみて下さいとしか言いようがありません。


さて、「毒虫飼育」にも「革命」という言葉が出てきます。黒田は戦後詩の出発点の1つとされる全国詩誌『列島』に集った左翼詩人の1人です。戦後詩の出発点とされる詩誌には他に『荒地』がありますが、『列島』は『荒地』より政治性が強い雑誌でした。そして、その『列島』の中心人物の1人が木島始だったのです。


山形県寒河江の農民の息子である黒田に対し、谷川は熊本県水俣の眼科医の息子です。谷川は非農民であり、木島をして「(黒田は谷川)よりはるかに肉体に根ざしたものとして原点を引きずって(いる)」と言わしめる所以は、根本的にはそこにあるのでしょう。
では、その木島はというと、彼は京都の呉服卸商の息子でした。そして、木島の書く詩は、初期の政治意識のつよいもの、あるいは得意としていた恋歌、さらには後の平易な言葉で書かれたものにいたるまで、とても都会的なのです。

自由さのため 木島始


酔いつぶされるな
   空のめまいに
海のめまいに
   泳ぎきる訓練で


筋肉が燃え
   こころ落着けば
肌の微風が
   芯までここちよい


独り飛び
   独り潜って
手ごわい敵である
   自己に耳傾けよう


ここに描かれている「独り飛び」、「独り潜」る者は、村の人間ではありません。都会に住む、いわゆる「近代的自我」を備えた(あるいは備えさせられた)人間に違いないでしょう。


そのほか、「初心のうた」では「ころしや つくり かりたてる/くにと ひとの しくみを」「ひとり ひとり つきとめよう」と、「泉のうた」では「ひとり/ひとり/ひとり/ひとり 清水をもとめ/未来へ とおく はるばると/じぶんの じぶんの/泉を さがし 手にいれよう」とうたう木島に、「感性の領域で」「今なお生きている」「共同体の破片と記憶」(以上、谷川雁「農村と詩」より)をかんじとることが、僕にはできません。
冒頭の「やっぱ、木島始は都会人なんだよな」という感慨は、つまりそういうことです。


アジア的な農村共同体がほとんど息の根を止められてしまった今、谷川や黒田の詩のリアルさは失われてしまいました。一方、木島の詩はいまだ輝きを保ち続けています。林光、間宮芳生三善晃新実徳英、鈴木輝昭…多くの作曲家が彼の詩に曲をつけました。なにしろ、僕の合唱団の今年の定期演奏会は、4ステージ中3ステージが木島の詩(or訳詩)による曲なのです。


村の夢にやぶれた谷川は、1960年にまず詩作をやめ、さらにその後、評論もやめてしまいます。以降は「ラボ教育センター」、のち「ものがたり文化の会」(発足当初は「十代の会」)などで、こどもの教育をフィールドに活動するようになりました*4


谷川がふたたび詩(のようなもの)を書くことになるのは、晩年のことです。作曲家・新実徳英との共作で『白いうた青いうた』という二部合唱曲のシリーズを作り始めたのです。100曲を目指したとも言われるこのシリーズは、しかし谷川の死により53曲で中断されていまいます。
このシリーズでは、往年の谷川の詩の前衛ぶり、難解すぎるメタファー等が影を潜めてはいます。しかし、こんな曲があるのです。53曲中の52番目ですから、最晩年の作と言っていいでしょう。

あしたうまれる 谷川雁


(一番)
ねわらの麦に 月がさしこんで
あしたうまれる こうまに語る
おまえのひずめが 丈夫になったら
アジアのはてまで ふたりでゆこう
柵のりこえて 魔物ゆらゆら
ふくろう夜まわり ほぅほとないてる


(二番)


まだアジアの夢を見ていたか、谷川雁
新実はこの曲について、「生まれ出ずるものへの愛が優しく語られます」と書いています。確かにそうでしょう。死期を悟った者の、次世代への想い。しかし、その想いは単に無償の愛ばかりではなく、谷川が託したい希望、バトンタッチしたい夢でもあるのです。この曲にある「ひずめ」と、「東京へゆくな」にある「駈けてゆくひずめの内側」=「コンミューンへと駈けてゆくわたしたちの心の奔り」*5とを同一視するのは、深読みのしすぎというものでしょうか。


同じバトンタッチでも、木島がうたうとこうなります。

バトンタッチのうた 木島始


先頭かびりかまるっきりわからない
ぐるぐる回ってるばかりに見える
一大競歩集団のはずれにまざり
ぬきつぬかれつなんて知らないよ
悠々あるきつづけでいいではないか
とおれはヒマワリの仰ぎかたをまねる
がふとオリンピックのリレー競争で
バトンを渡しそこねた疾走者が
地上にでんぐりがえって悔しがるのを
ズーム・レンズが顔のひきつりまで
大写しにした瞬間ドラマを想い起し
おれはバトンもってるかと握りしめる
だがそもそもバトンなんか引きついでいず
ないバトンを渡す人など全然みえやせん
もしあるとしたらバトンはおれを見る
人がいたとしてその人が自由に撰びとるさ
どうしようもないな眩しすぎやかましすぎ
光がきこえ響きがきらめくこの惑星で
行先わからないまま歩きつづけるほかない
んだから今これ渡せるんだとしたら嬉しいや


実はこれ、三善晃・作曲『男声合唱とピアノ(四手)のための「遊星ひとつ」』(カワイ出版/2004/asin:4760918213)の壮大な終曲となっています。そういえばこの前、僕の団の男声指揮者と、この曲がうまく歌えたらどんなにかかっこいいだろうと話し合いました。


まあ、合唱団はちょっと村社会じみてもいるのですが、本当に大地に根ざした共同体というものを僕が手に入れることはないでしょう。
「どうしようもないな眩しすぎやかましすぎ/光がきこえ響きがきらめくこの惑星で/行先わからないまま歩きつづけるほかない」とうたいながら、そしてちょっぴり谷川の見た夢や黒田の見た悪夢を思い出しつつ、バトンタッチまで歩いてやろうと思った次第であります。

*1:大嶽秀夫・著『新左翼の遺産』(東京大学出版会/2007/asin:4130301438)179ページ参照。

*2:思潮社(現代詩文庫)版『谷川雁詩集』所収の北川透による作品論・詩人論の題名。

*3:この詩は思潮社(現代詩文庫)版『谷川雁詩集』に収められていない。そのため、澤宮優・著『放浪と土と文学と』(現代書館/2005/asin:4768469132)から引用した。

*4:ラボ教育センター」での谷川については、内田聖子・著『谷川雁のめがね』(山人舎・発行、風濤社・発売/1998/asin:4892191655)が参考になる。

*5:松本健一・著『谷川雁革命伝説』(河出書房新社/1997/asin:4309011543)より。