菅原克己

ご無沙汰していました。ほとんど1ヶ月ぶりの更新ですね。
というのも、大学が始まって1週間目で風邪をひくなど、無駄に消耗したせいです。今日から11月なのに、5月病になりました。
聴けているラジオはと言えば、目覚まし代わりの『吉田照美 ソコダイジナトコ』くらい。それだって、ほとんど寝ているので内容を覚えていません。テレビもあんま見ないしなあ。
普通に考えたらそんなに忙しいはずじゃないんですけど、ドイツ語でミスると留年だったり、ギリシア語・ラテン語で遅れを取ると卒業できなかったりで、精神的な重圧がありましてね…。


さて、『ソコダイジナトコ』木曜日のコメンテーターは、アーサー・ビナードさんという詩人であります。
番組サイト掲載のプロフィールによれば、「米国ミシガン州生まれ コルゲート大学英米文学部卒。1990年に来日し、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞を受賞。」


実は最近までうっかりしていて気付かなかったのですが、『新々 木島 始 詩集』の「解説」も書いたりしてるんですね…。(http://d.hatena.ne.jp/nise-jukensei/20070907
さらにネットでちらっと調べたところ、この人がもっとも影響を受けている詩人は、どうも菅原克己のようなのです。


出ましたねえ、菅原克己
彼は木島始と同じく、詩誌『列島』の中心人物だったのですが、これはだいぶ不思議に思えます。というのも、一般に『列島』は政治的前衛と芸術的前衛を結びつけたと言われているのに、菅原が書くのはまったく前衛的でない、ある意味すごくダサイ叙情的な詩ばかりなのです。

菜の花 菅原克己


大きくなった君と
会ったのは電車のなか。
お河童は
何時かひっつめ髪になっていた。
ゆれる電車の中で
笑いながらいろいろのことをはなしした。
君はうすオレンヂのフランネルの着物、
しめったやわらかい声をしていた。


君は働いていたので
会うのは造作もない。
ただ電車にのればよかった。
電車にさえのれば
フランネルの娘がいつもいた。
また、会ったのね、
やわらかい声で無邪気にいう。
色の白い喉もとはくりくりし、
丸顔にはそばかすがあり、
何だかいい匂いがした。
僕は君を見るとすぐ動悸がした。


ある日、
僕は町はずれで摘んだ菜の花を
いっぱい抱えて電車にのった。
どこにも君はいない。
まるで、僕のたくらみを
すっかり知ってでもいるように。
僕は親ゆずりの背広を着こみ、
どんなに落胆したか。
菜の花ははなやかに車内をいろどり、
そのまま終点まではこばれて行った。


これなど、ダサイ言葉でダサイ事件を語っているからこそ成功している詩だといえるでしょう。ってか、こんなのをやたらとアヴァンギャルドな手法で語られたら参ってしまいますけども。


とはいえ、戦前に赤旗を刷っていて検挙されたこともあったとかで、そういう経験から出た、硬質な散文詩も数篇書いています。

空気の部屋 菅原克己


その長方形の部屋では、日は単なる時の連続でしかなかった。朝、昼、晩という観念はすでになくなって、ただ一日の漠然たる明暗があるばかりだった。日は立方体の空気の上部がいくらか明るむことに始まって、そのまま、日の終りに移行するだけだった。そして、そこにいるぼくらは、衣服によってわずかに外と区切られた、黒っぽい物体にすぎなかった。


何年か前に、ぼくらは何事かをしたという判定によって、ここに入れられたのだった。人間とは、つねに何事かをなし、また何事もなさぬ者ではないか? ぼくらは膝を抱き、首を衣服にうずめたまま、一定の間隔をおいてならび、動くことも話することも出来なかった。ぼくらになしうることと云えば、ここに入ったその最初の姿をたもつことだけであろう。ぼくらはそれほど、すべてのものを取りあげられていた。ふり向いたところで、何があったろう。ぼくらには肉体はあったが、自分で動かすことの出来ぬものは喪失した物も同然である。ぼくらは何事かを考えねばならなかった。


(後略)


しっかし、さっき「硬質な散文詩」と書きましたけど、この詩もアヴァンギャルドとは違う気がするんですよね。なんというか、あまりにも「これは寓話ですよ」という顔をしすぎた寓話という感じで、ちょっと現代詩っぽくない。寓話だったら古代ギリシアの昔、イソップだって書いてるわけですし。
…余談ですが、東大社会学科の学徒出陣壮行会で、谷川雁は「たとえ奴隷になっても、寓話ぐらいはかけるだろうではないか。イソップは奴隷だった。」と演説したとのことです。


さて、現代詩の出来損ないみたいな、この「空気の部屋」。僕はこの詩が嫌いか、というと、そうでもありません。むしろ結構好きです。
菅原克己詩集』(思潮社<現代詩文庫>/1972/asin:B000J9A83G)所収の作品論で、堀川正美は「(『空気の部屋』などの)散文詩形の作品を読みかえすと、どれほどか苦痛に近い努力をかれが自分に課しただろうことが推察されてくる。かれにとって、明るさへむかうこと、喜びにむかうことから離れてなおこれらの作品を書くことが苦痛でなかったはずはないのだ。」と書いていますが、なるほど、この詩を読んでいると、思わず「菅原克己ガンバレ!」と応援したくなる気持ちになるんですね。


もっとも、あまり声を出して応援してはいけないのかもしれません。

最後の選手 菅原克己


最後の選手が走ってゆく。
走ることでいっぱいで
今は、ちょっと言葉をかけても
噴き出すように涙が出るだろう。
走ることしかないので
ほかのことがすこしでも入ると、
自分がやっていることが
すべてまちがいだったように
死ぬほど悲しがるだろう。
もう彼のそばには彼しかいないのだ。
声をかけてはいけない。
何も言ってはいけない
そしてこの遠い時間のはずれを走るのは
もう、彼でもない……。


ふいに静まりかえった空間の下の方に
ポツンとひとり、
胸をふいごのようにして
いま世界でいちばん孤独な
セイロンの選手が走ってゆく。


今日はこれでおしまいです。次の更新はいつになることやら。