彼は地球にさよならを言いたいんだ

今週月曜にTOKYO MXで『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」が放送されました。
シリーズの中でも屈指の問題作であるこの物語の内容については、すでに多くの人が語っているところですから、僕から何か付け加える必要はないでしょう。
ごくひらたく言ってしまえば、「子供番組にも関わらず」差別問題を過剰に生々しい表現で描き、しかも救いになるような部分がほとんどないという、なんともトンデモないお話です。


さて、きょう僕が問題にしたいのは、さっき書いた「子供番組にも関わらず」という部分です。
逆に言えば、子供番組であるウルトラマンには、大した物語は期待されていないということです。
それに対して、よくジャミラやウー、ノンマルトやギエロン星獣のエピソードが強調され、「子供番組にも関わらず」考えさせられる物語があるのだと主張されるわけです。


そういう構造を見たとき、「怪獣使いと少年」を引き合いに出して差別を指弾するという行為の裏には、「子供番組」に対する差別的取り扱いへの反抗という(おそらくは潜在的な)意図があるのだと思います。
(差別を語るためには、もっと「高尚な」材料がたくさんあるのですから。)
そして、この反抗はそのまま「子供番組」を見る大人に対する差別への反抗でもあるでしょう。


そうした視聴者にとって、「怪獣使いと少年」のラスト、「彼は地球にさよならを言いたいんだ」という科白は、単に社会問題としての差別を生み出す世界へ、第三者的な嫌悪を表明するだけでなく、自らを周辺的存在へと追いやる世界へ、当事者としての切実な拒絶の言葉となりうるのだと思います。