完 全 描 写

箱根駅伝復路。


昨日書いた通り、文化放送による中継の総合実況は斉藤一美アナでした。
ご存じでない方のために紹介しておくと、野球の実況で興奮し、暑苦しいほど絶叫し、挙げ句の果てになぜか泣いてしまうという名物アナウンサーです。


番組ホームページから見られる「実況・解説者紹介」では、

箱根駅伝だろうが何だろうが、
スポーツを実況するならば「完全描写」あるのみです。


とコメントしていたので、ラジオという音声だけのメディアで、どうやったら「完全描写」できるつもりなのかと、割と意地悪な気持ちで聴いていました。


すると気づいたのは、とにかく地名をたくさん言っていたということ。
選手の走っている付近のランドマークはもちろん、通過した交差点、これから辿っていく街道、越えてきた市域とこれから越える市域…etc.
もっと走る選手の描写に集中し、そして選手やチームの抱える事情を物語るものかと思っていたので、予想が外れるとともに、なるほどなあと思いました。
走る選手よりも、ましてやその事情よりも、地名の方がはるかによく知られ、従って聴き手の直接的なイメージを喚起しやすいわけで、言葉で「完全描写」しようとすれば、地名の共有性を利用するにしくはないのでしょう。


地名は私有できない。
地名は万人に開かれている。
地名こそメディアで語られるべき言葉かもしれない。


寺山修司はその著書『戦後詩』(筑摩書房ちくま文庫>/1993/asin:4480027394の中で、“自分は少年時代から歴史が嫌いで地理が好きだった”云々と書いているのですが、これが僕には非常に印象的でした。
というのも僕は、寺山とは逆に、世の中の上っ面には歴史が喪われていて、しかも人々は歴史に無自覚であるということに苛立ってしまう質だからです。
だから、青山学院大の選手がいまどこを走っているかということより、シード権を獲得すれば41年ぶりだということの方が、なにやらはるかに重大なことのように思えるのでした。


とはいえ、僕はそれを内心恥じていて、この前、水無田気流・著『無頼化する女たち』(洋泉社洋泉社新書y>/2009/asin:4862484387を読んでいて、「リアル系ケータイ小説」の特徴として「固有名や情景描写が乏しい(たとえば場所の名前も特定されず、「海」「駅」などで済んでしまう)」が挙げられている所にぶつかったとき、自分のことを言い当てられたかのようにドキリとしたのでした。*1


歴史なんて、所詮は個々人の私有する経験の寄せ集めにすぎないのです。
それを僕たちが共有できるのは、地理を舞台としているからではないでしょうか。
逆に言えば、具体的な地名(すなわち万人に開かれ、共有される地名)を欠いた「歴史」は、私有から一歩も抜け出せないのではないでしょうか。


おまけに地名というのは面白いもので、単に個々人の私有する経験の舞台として共有されるだけではなく、その土地を舞台とした具体的な経験が何もない人に対してすら、なにかしらのイメージを喚起できるらしいのです。
大岡信は、そのものずばり「地名論」という詩において、「おお 見知らぬ土地を限りなく/数えあげることは/どうして人をこのように/音楽の房でいっぱいにするのか」と書いているのですが、多くの地名をやたらに詠み込んだ「地名論」という詩自体がその実践となっているために、とても説得的です。
というわけで最近僕は、ガチガチの歴史派の立場から、少しずつ地理派に接近してきているのです。


最後にどうでもいい話。
「地名論」には、「ヴェネーツィア」の話の直後で「おお/それみよ」という詩句が出てくるのですが、これはたぶん『オー・ソレ・ミオ』と引っかかってるんですよね?
恥ずかしいことに、僕はごく最近まで『オー・ソレ・ミオ』は原題じゃなくて日本語題=「おおそれ見よ」だと、マジで思っていたのでした。

瀬田の唐橋
雪駄のからかさ
東京は
いつも
曇り*2

*1:もちろん僕は文学部生として、実際には「ケータイ小説」を1文字も読んだことがないにも関わらず、「ケータイ小説(笑)」と言わなければいけない「義務」を負わされているのです。

*2:「地名論」の「おお/それみよ」の直後から最終行まで。