革命詩人の「いたずら」

谷川雁といっても、若い人は知らないかも知れない。この世を去って15年になる。「革命詩人」といわれ、1960年代の青年に多大な影響を与えた思想家である。


こんな書き出しの特集が、きょう10年2月13日付朝日新聞朝刊の別冊「be」に載っています。
「うたの旅人」という、毎回2面分をまるまる使った連載で、谷川雁作詞「白いうた 青いうた」が取りあげられたのです。
“若い人は知らない、伝説の詩人”谷川雁を紹介する際の、枕詞ともいえる表現でありましょう。


その後、記事では最近の「雁の復活」が語られ、そして「白いうた 青いうた」の話になります。
新たに谷川雁セレクション』が編まれる(http://d.hatena.ne.jp/nise-jukensei/20100125参照)など、谷川雁がじわじわ復活していることも、またよく言われていることですが、しかしその文脈で「白いうた 青いうた」について正面切って取りあげているのを見ない気がするので、興味をもちました。


俳人・斎藤愼爾と記事を書いた河谷史夫の対話…

「こんど、ぼくは雁さんの全詩集を作る。それに、『白いうた 青いうた』も入れたい。全部、あの詞は雁さんだからね」
ありゃしかしただの作詞でしょう? そう言うと、斎藤さんは哀れむような目でわたしを見て断言した。「すごいのもあるのだよ」


そういうわけで、記事を最後まで読み進めたのですが、「だが感銘は散漫だった。」*1
「白いうた 青いうた」の、どこがどう「すごい」のかということが、結局よく分かりません。
谷川雁に関する語りがしばしばそうであるように、厚い霧に包まれた伝説のまわりを彷徨うことしかできなかったという印象でありました。
記事の見出しとなっている「革命詩人の『いたずら』」に、まんまとはまったという感じです。


こう言うと語弊があるかもしれませんが、谷川雁はとにかく人を煽ることが得意です。
この記事でも、例の「原点」、「東京へゆくな」、「連帯を求めて孤立を恐れず」なんかが引用されていますが、「白いうた 青いうた」に関係するところから僕が挙げるとすれば、谷川俊太郎に対して、自分のような作詞をしないかと誘う「現代『填詩』への誘惑」*2が、本当にすばらしい煽りになっていて、感心してしまいます。


問題は、その煽られた先が一体どこなのかが、実はよく分かっていないことでしょう。
そのために我々は「伝説のまわりを彷徨う」はめに陥るのですが、さて、三大紙の一角にもここまで大々的に進出してきた「雁の復活」の結果は、単に死せる谷川が生ける我々を煽って彷徨わせただけに終わるのか、それとも何らかの「煽られた先」が発見されることになるのか、今後とも注目であります。

*1:黒田喜夫「一九五九年夏の日記」より。『黒田喜夫詩集』(思潮社<現代詩文庫>/1968/asin:4783707065)105ページ。

*2:『汝、尾をふらざるか』(思潮社<詩の森文庫>/2005/asin:4783717028)所収