黒潮のただなかにある私たち

あなたは知っているか、黒潮のただなかにある十四戸六十人の国を。岩と丸木舟と神々と―これ以上減耗するか、遮断されるかするなら、もはや存在することのできない極小の人間世界を。(中略)なぜなら、そこは私たちにとってまぼろしと破片でしかなくなった共同社会がまだ生きた基本原理としての色彩と音響をもってうごめいており、その意味で私たちの「妣の国」であるばかりではない。きわめて緩慢に注ぎこまれてゆく現代文明とそれの接触過程における混乱・変質・融合の高速度写真を追体験できる稀有の場所であるからである。いわば、そこで私たちは日本現代文明に対する黙々たる判決文を読むことができる。


谷川雁「びろう樹の下の死時計」(『中央公論』昭和34年8月号)より


というのは、これが書かれた約10年後には無人島となった鹿児島県トカラ列島臥蛇島についての、谷川雁による報告の冒頭部分でして、まあ相変わらず散文詩的でスカした文章ですが、とはいえ「共同社会がまだ生きた基本原理としての色彩と音響をもってうごめいて」いる島から「日本現代文明に対する黙々たる判決文を読」もうとする発想は、半世紀後を生きる私たちにも十分理解できるものでしょう。


しかし、この文章を読んだ黒田喜夫は、当時の日記にこう書き記しています。

中央公論』8月号の谷川雁の「びんろう樹の下の死時計」を読む。だが感銘は散漫だった。ここで彼の思想ははっきりしていない。というより、彼の思想をあてはめるのに、苦労しているのだ。このような場合、ドキュメント、冷厳なドキュメントだけがほしいと思う。谷川雁に必要なのは、ドキュメンタリストの目なのだ。


黒田喜夫「一九五九年夏の日記」(『黒田喜夫詩集』思潮社<現代詩文庫>/1968/asin:4783707065所収)より


確かに、島をめぐる言説、なかんずくフィクションの分野におけるそれにおいて、しばしば島は、現代日本文明に有罪判決を下すための装置として、「思想をあてはめ」られているような気もします。


そんなこんなで、僕もついに島の人間にはなれないのだから、島をめぐる事象にむやみやたらと自分の「思想をあてはめ」ない方がいいと分かっはいるのだけれども、以下それをやってしまうよという、ここまでは長い言い訳。


ガンガンONLINEに連載されているばらかもんという漫画作品は、作者ヨシノサツキの故郷である長崎県五島列島が舞台です。
登場人物の中に、島出身で漫画家志望の女子中学生・タマがいます。
彼女は主人公に漫画家志望であることを打ち明けてしまうのですが、その後、「村中に私がオタクだとバレてしまう―!!!」、「あってはならん!!/私は純粋にマンガが好きなだけ/大きくまとめると文系!!」(第2巻85、86ページ、asin:4757527969などと後悔します。


おいおい、大きくまとめすぎだよ!というギャグ漫画的誇張はともかくとして、狭い島の中で「私がオタクだとバレてしまう」恐怖感には、自意識過剰ではすまされないリアリティを認められるでしょう。
このタマの自意識と作者本人の自意識とをどこまで重ね合わせて読みうるのかは、判断の難しいところでしょうが。


ここの部分を読んで直ちに僕が想起したのは、同じガンガンONLINE連載で、第1巻・第2巻とも同じ日に発売されている丸美甘『生徒会のヲタのしみ。』の主人公・斉藤健が“隠れオタ”である理由でした。
彼は、「中1の頃にうっかり尊敬している人は綾波レ●ですといってしまって以来/中学3年間を『マンガ博士』というあだ名で過ごした苦い思い出を捨て去るため」という途方もなくヌルい理由で、「一般男子として高校生活を送ると決めた」(第1巻5ページ/asin:4757526148のです。


結局、この場合に守ろうとしているのは自分の相対的なキャラとかポジション(カタカナのフレーズがよく似合う)であって、自意識と共同社会との間に生まれるべき葛藤は全く「まぼろしと破片でしかなくなっ」てしまっているのでしょう。
そして、僕の中での現在のオタクのイメージは、こういう人々です。
無批判にオタクというキャラやポジションの中で戯れることができる人々…それは僕にとっては昔から、いわゆる「リア充」などと並列に、一泡吹かせてやりたい存在でした。
「村中に私がオタクだとバレてしまう」恐怖感を引き受ける覚悟はないのか!


とはいえ、結局それは「思想をあてはめ」ているだけなのかもしれません。
そもそも、僕は中高一貫・私立・男子・進学校(オタクの巣窟!)に通ったせいで早くから地元と切り離されているし、大学でも少なくない人がファッションのようにオタク的なガジェットでじゃらじゃらと飾り付けている環境に身を置いていたので、感覚からしてズレている可能性が高いです。
冷静に考えれば、現在においても、オタクと自己規定するのに必要な覚悟の深さは、それを戯れと割り切れないほどなのだと思います。


そういう感覚のズレは、たとえ「ドキュメンタリストの目」を持ち込んだところで、埋めることができるものなのでしょうか。
もしかすると、私たちはついに自らの環境という絶海の孤島から逃れられないのではないかと思ってしまいます。
黒潮のただなかにある私たち、それは「村中に私がオタクだとバレてしまう」ことより、今の僕にとっては、恐怖すべき事態です。


ばらかもん 2 (ガンガンコミックスONLINE)

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