牧歌的な、あまりに牧歌的な

「牧歌的」という言葉を僕は重宝しているのですが、それはこのたった一語が、単に自然がのどかだとか人間が純朴だとかいうだけではなく、そうしたことが夢見られているのだという意味までも含みこんでいるからなのです。
ヘレニズム時代に生まれた牧歌という文芸ジャンルを乱暴に説明するならば、“スレきった都会人が、田舎の美しさを妄想して書いた詩”ということになりましょうか。都会人は牧歌的な田舎を夢見るにも関わらず、いやむしろ夢見るからこそ、たいてい現実の田舎を嫌っています。
そんなわけで、牧歌に登場する“純朴な牧童”たちは本当に田舎者であるわけにはいかず、キャラクターに奇妙な歪みを持つことになります。彼らは、ピュアでウブな恋愛を繰り広げたりする一方で、その恋愛をあまりにも都会流に洗練された詩で表現します。文芸上のお約束や、よく使われる神話伝説の類をやたらと知っています。無理に現代的なたとえを試みれば、純朴な少年少女たちがやけにインターネットスラングやコピペに詳しいというような状況と表現できるでしょうか。



というわけで、本日ご紹介するのは今月22日に最終3巻が発売されたmatoba・作『ほしのこ!』(スクウェア・エニックス<ガンガンコミックスONLINE>/2010〜2011)です。


ほしのこ! 1 (ガンガンコミックスONLINE)

ほしのこ! 1 (ガンガンコミックスONLINE)

ほしのこ!(2) (ガンガンコミックスONLINE)

ほしのこ!(2) (ガンガンコミックスONLINE)

ほしのこ! 3巻 (ガンガンコミックスONLINE)

ほしのこ! 3巻 (ガンガンコミックスONLINE)


絵柄は表紙でだいたい分かる通り少女漫画寄り(?)のかわいらしい雰囲気で、お話も本筋としてはウブな高校生同士のラブコメになっているのですが、しかしそう思って読むとどこか違和感を抱かざるを得ません。
というのも、引喩やメタ発言、そして色んなお約束的設定(とはいえ、女きょうだいのいるサブキャラが3人ともシスコンってのはどうかしてるぜ…)が絶え間なく織り込まれていて、それらと絵やお話の本筋とのミスマッチが、全体を一種のキマイラに仕立てているのです。
僕に言わせれば、これは非常に「牧歌的」な作品、すなわち、夢見られているものと夢見ている私たちとの間で股裂かれながら、しかしその不統一こそを魅力とする類の作品だということになります。
たとえば、物語の一番最後の場面では、「…遠い夜空を想ったり/忙しい毎日に焦ったり/彼女の声が聞きたかったり/僕は/今日もねむれない。」という、詩というよりはポエムな言葉に夢見つつ、同時にメインキャラクター・かなえのラストのセリフ「にゃんこらしょーッ」について、これは『魔法陣グルグル』14巻のキタキタおやじである、と都会人的で嫌味な註釈を付けることが可能なわけですから。


これ、「ガンガンONLINE」というウェブマガジンに連載されたものでして、当時なかなか期待されていたのか、声優にセリフを吹き込んでもらったデジタルコミックというのを公開したりもしました。
そのアフレコ現場に作者が行った際の様子が、1巻の「あとがき」漫画に少し描かれているのですが、声優さんへの作者からの注文が「豊崎さんもっと18禁エロゲみたいな感じで」なのは何ともはや…。
かようなプッシュを受けていた割には全3巻と短めに終わってしまったのですが、まあ僕はこれで良かったんじゃないかと。牧歌は小品と相場が決まっているものですからね。