北杜夫『ぼくのおじさん』のこと

ぼくのおじさん


北杜夫さんが亡くなりました。
僕は『楡家の人びと』も全く読んだことがなく、とてもじゃないけれど北杜夫の良い読者とは言えないのですが、しかし『どくとるマンボウ青春記』がなかったらたぶんこうして文学で大学院に残っていなかっただろうと思えるほど影響を受けてもいます。
ただ、きょうはぼくのおじさん』(新潮社<新潮文庫>/1981/asin:4101131236の話。


僕が最初に手にした北杜夫の本。それが『ぼくのおじさん』です。
読んだときはまだ小学生だったのですが、もともと『中二時代』および『中三時代』という雑誌に連載されたジュニア向けの小説ですから、当時の僕にも読みやすかったのです。
内容はというと、兄の家に居候している、やることなすこと的はずれで、ダラシなくてぐうたらだけど口だけは減らないという「おじさん」を、甥っ子である雪男の視点から描くというもので、この「おじさん」には多分に北杜夫自身の姿が投影されているようです。

こういうおじさんは、いったいどういうおじさんなのであろうか。
おじさんはなんと学校の先生なのである。それも大学のだそうだ。大学といってもピンからキリまであるから、むろんキリのほうだろう。何を教えているのか知らないが、自分では自分のことを哲学者だといっている。もっともすこしまえまでは詩人と称していた。いずれにせよ、おじさんが先生だなんて、なにかインチキがあるのだろうと、ぼくはにらんでいる。
おじさんはいま、二つの学校に教えに行っている。やはりちゃんとした先生ではなく、臨時講師とかいうものだそうだ。二時間ずつ、週四日、学校で生徒に教える。よくもあんなおじさんにおそわる生徒がいるものだ。
とにかく、おじさんは週に八時間だけ働いている。そのため、暇はたくさんあるけれど、月給はとても安いのだそうだ。それではラーメンだけ食べていても、月給では食べられないのだそうだ。それなら、もっとはたらけばいいと思うのだが、おじさんはそれをしない。アパートも借りられないから、ぼくの家に居すわっている。つまり、居候なのだ。そして、学校へ行かないときは、いつも自分のへやでゴロゴロねそべっている。こまったおじさんなのだ。


(12〜13ページ。原文には3カ所にルビがあるが、省略。以下の引用でも同じ。)


こういうところを読むと、いつまで経っても実家に居すわりながら学校に通っていて、マジで古代の哲学的著作とか詩を勉強しちゃってる僕は、いつの間にかこの「おじさん」のような情けない存在になってしまったなあと思えてきます。


さて、「六年生になった」雪男は、「マンガばかり見ていては、とてもいい学校へはいれまい」し、「うっかりすると、ちゃんとした学校にはいることができなくて、ぼくのおじさんが教えに行っている学校なんかの生徒になったら、それこそたいへんだ」という理由で、おかあさんの言いつけに従って「こどもマンガの本を買うことをやめた」のですが、「ぼく以上にこどもマンガのファンだった」「おじさんがいちばんこの影響をうけ」「人生に希望をうしなった人は、きっとこんな顔をするにちがいない」という「とてもとても悲しそうな顔をし」ます。
むかしの僕は「おじさん」と違って少年漫画読まなかったけど、今はなあ…『週刊少年チャンピオン』専門ではありますが。


で、「おじさん」は、「おかあさんにかくれて、そっとマンガの本を買ってきてくれ」ることを頼み、「もしおかあさんに見つかったら、しかられるなあ」と心配する雪男に、「本屋でカバーをかけてもらいなさい。そこにおじさんが、マジック・インクで、ギリシア語かラテン語を書くことにしよう」と提案します。
よし、部屋の蔵書を“学者目指している奴の本棚に見えない”と家族から馬鹿にされている僕も、『侵略!イカ娘』にカバーをかけて、そこに“η εισβαλλουσα τευθιs κορη”(ヘー・エイスバッルーサ・テウティス・コレー)と書くことにしよう!
…という冗談はともかく、ここの部分はちょっと興味深い。『ぼくのおじさん』が書かれた当時、マンガは小6で卒業すべきものだったわけです。さらに、それを卒業できない「おじさん」。北杜夫は、いわゆる「純文学」とユーモアエッセイを同時に書いて驚かれたのだという話を連想させるように思います。
ぼくのおじさん』の雑誌連載は1962〜63年。機動隊によって落城した東大安田講堂の中に『少年マガジン』が山と積まれていたというのは、連載終了の約6年後のことでした。


さっきのところで「おじさん」は、「なに、インチキのラテン語でもおかあさんにはわかりっこない」と言ってしまうのですが、このように語学を色々かじってはいるが、実際に使えるところまで至っていないという描写にもとっても親近感がわきます。

そればかりか、わざわざ階段をのぼって、外国の本ばかりならんでいる場所へゆく。それから、そこらの本を一冊手にとって、ばらりとひらいて、しばらく読みふけったりする。
そんなときは、おじさんはやはり学者なのだなあ、とはじめはぼくは思った。
ところが、しばらくたつと、おじさんは本をふせてしまう。
「これはフランス語かと思ったら、どうやらちがうぞ。はてイタリア語なのかな、それともスペイン語なのかな」
そんなに何分もかかって、ようやくフランス語でないと気がつくようでは、おじさんの語学力もあやしいものだ。
それならフランス語なら読めるのかというと、あるとき、おじさんはたしかにこうつぶやいた。
「これはまずい。フランス語であった」


(47〜48ページ)


僕もよく、必要な文献がフランス語だと「これはまずい」と思い、ドイツ語なので読めるだろうと胸をなでおろしたはいいが、実際に意味をとろうとするとほぼ全単語を辞書でひくハメになり、にも関わらず見栄はあるから、ろくすっぽ開きもしない英語の本をamazonで注文して金ばかりが飛んでいき、「おじさん」のつぶやく「詩だか警句だかネゴトだかわからないもの」を思い出すことになります。

エベレストも高いが
ああ 本だってどうして高い


(48ページ)


そんなわけで、どんどん「ぼくのおじさん」化している僕ですが、幸いなことにまだ誰のおじさんでもなく、この作品のように甥っ子や姪っ子に蔑まれることがありません。ここがまだしも救われているところです。
ただし、僕には妹、それも悪いことに、紙の上のでも画面の中のでもなくリアルの妹がいるので、いつか誰かのおじさんになってしまう可能性がありまして、戦々恐々としているのであります。


以上、北杜夫追悼特集?ということで、臨時更新。
最後になりましたが、僕からも謹んでご冥福をお祈りいたします。