就職活動について

たとえ奴隷になっても、寓話ぐらいはかけるだろうではないか。
イソップは奴隷だった。*1


ムーサよ、農夫の仕事と日について、神々の系譜について
星座と気象について、毒とそれをもつ生き物について
そしてまた漁夫と狩人のなすべきことについて歌った女神よ*2
今こそ職を求める学生たちのために語ってください。


さて、就職活動について書くのはとても憂鬱なことです。
「現在の難儀もいつの日かよい思い出になる」*3では済みません。
というのも一方で就職した者はキルケーに社畜へ変えられたと
他方で進学した者はウーティスのせいで未来が見えないと
それぞれ愚痴をこぼし合い、傷をなめ合うばかりだからです。
「戦いに負けた人間であるという点で
僕等はお互いを軽蔑しきっていた/それでも
戦いに負けた人間であるという点で
僕等はちょっぴりお互いを哀れんでいた」*4
そんな第二の敗戦後の荒地でも、かわらず労働を愛するために
意識高い系というヒロポンをキメてハイになる輩には
ダメ。ゼッタイ。」とでも注意しておけばいいでしょう。
でも早く一人前にならなきゃいけないよ、という倫理的脅迫には
あんがい皆がコロッと参ってしまうかもしれません。
けれど慌てて大人になろうとすれば、必ずひずみが生じるもの。
――それは「経験則?」「一般論だよ」*5
なかなか成仏しない新卒一括採用というイニシエーションを
どうしても受けるためにあなたの人生までお布施してはなりません。


業界研究、企業研究にギリシア語やラテン語は不要です。
ほんのすこしの日本語をおぼえただけで、本を読み説明会に行き
OB訪問をし「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」*6と思えます。
それから就活情報サイトがあなたに伝言を耳打ちするでしょう:
「当社で私と共にいつか冥王星の彼方にまで飛んでゆくことを願って」。*7
しかし人買いからの言葉を真に受けるのは愚か者のすること:
「船乗りは風について、農夫は雄牛について語る。
兵士は傷を、牧人は羊を数える。」*8あなたに向いている仕事が
そこにあるとは限りません。公務員、大学職員、文化芸術や
教育学術に関連する独立行政法人は検討しましたか?
平地で頭打ちになったサラブレッドが障害競走に転向し
いけ垣や竹柵を見事に飛越して先頭で駆け抜ける――
ちょうどそのようにあなたは採用試験という山を容易く登り、
頂上で才能を月見草のように花開かせるかもしれません。*9
それから教職は早くから選択肢にいれておきましょう。
というのも、教職のための科目は卒業単位にもなるからです。
特に国際コミュニケーションと日本国憲法駒場での
教養学部前期課程のうちに履修することを強く勧めます。


いよいよ選考活動が解禁されようとする春にもなれば
エントリーシートに面接にと不安の芽は摘みとれぬほど。
しかしどちらも基本は自己PRと志望理由と考えていいでしょう。
自己PRは近代小説:学生時代に頑張ったことという事件が
主人公である私の内面を良い方に変化させたと物語るのです。
ああ、鉄の種族の悲しさよ!アキッレウスは統一された内面を
持つように見えなくとも、誰よりも有能な英雄であったのに。
そしてこの教養小説的成長でできるようになったことを
貴社でなら活かせそうだからと言えば、それが志望理由です。
やりたいことより、できること:やりたいことを言うのなら
私は区役所で黒髪アホ毛眼鏡文系女子の同期と恋に落ちたい。*10
だが「偉大なことにおいては欲したというだけでも十分だ」*11
評価され得るのは頑張って実際できたし、今後もできることです。
ここで注意すべきなのは、就活のために今を頑張らないこと:
つまり任意の日nがその次の日n+1のためにだけあるような
数学的帰納法で人生をニヒルと証明してしまわないこと。
もし「その日を摘め」*12が刹那主義者の詩句でしかなかったら
木の下のプローセルピナの王国に埋めて貰っても構わないよ。*13


首尾良く内定を得ることが出来たなら、あなたは幸運な人です。
人という人との出会いへの感謝を言いつのらなくても良いので
フォルトゥーナの前髪をつかみ損ねた人がいることを忘れずに。
より多くの会社の内定を得ても、より偉くなるわけではありませんし
「名は多くの場所にあることができようが、体はそうでない。」*14
内定を断るのは気が重いものですが、礼を失さないように。
とはいえ、いい人でいるだけではどんどん苦しくなってしまいます。
シノーペー出身の哲学者ディオゲネースは航海中に海賊に捕まって
奴隷として売りに出されると、後の買い主を指さしてこう言いました:
「そいつに私を売ってくれ。その男は主人を必要としている。」*15
こうして自分の飼い主を自分で決めたあの珍しい犬のように
私たちも私たちの人生に対して主人でありたいものです。
もちろん「人は、誰も生きない、
このように生きたかったというふうには。
どう生きようと、このように生きた。
誰だろうと、そうとしか言えないのだ。」*16とは知っていても
あなたが航海に乗り出す人生が稔りなきものでなく
無事イタケーにたどり着くものでありますように:BON VOYAGE!


いったい誰がこの教訓詩、あるいはひょっとすると
風刺詩を書いたのだとあなたは尋ねるかもしれませんが
その質問に私はふだん、教訓詩や風刺詩からクピードーが
脚を一本盗んだあとの韻律*17を読んでいる者だと答えておきましょう。



この作品は、2013年12月の前期課程生向け学部ガイダンスにおける研究室紹介冊子のために(深夜のテンションで)書かれたが、(さすがに自重して)実際の掲載を見送ったものである。

*1:谷川雁が東大文学部社会学科の学徒出陣壮行会で述べたとされる言葉。松本健一谷川雁革命伝説』河出書房新社 1997 p40。

*2:ヘーシオドス『仕事と日』『神統記』アラートス『星辰譜』ニーカンドロス『有毒生物誌』『毒物誌』オッピアーノス『漁夫訓』『猟師訓』から。

*3:ホメーロスオデュッセイア』第12巻212行の松平千秋訳。岩波文庫上巻 1994 p320。次とその次の行の「キルケー」「ウーティス」も同作から。

*4:黒田三郎「死のなかに」より。

*5:コアマガジン漫画ばんがいち』2011年5月号所収の佐伯「春の温度」より。前行も同作中の「慌てて大人になろうとするとロクなこと無いよ」から。

*6:田村隆一「帰途」より。前行も同作中の「日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで」から。

*7:四元康祐「ディーラーズ・ハイ」より。現代詩文庫版『四元康祐詩集』思潮社 2005 p13。

*8:プロペルティウス第2巻1番43-4行。

*9:太宰治富嶽百景」から。

*10:高津カリノサーバント×サービススクウェア・エニックス から。

*11:プロペルティウス第2巻10番6行。

*12:ホラーティウス『カルミナ』第1巻11番8行。次行の「プローセルピナの王国」も第2巻13番21行から。

*13:カヅホ『キルミーベイベー芳文社 第5巻p41「もし感動しなかったら木の下に埋めて貰っても構わないよ」から。

*14:エウリーピデース『ヘレネー』588行。

*15:ディオゲネース・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第6巻74節より。

*16:長田弘「机のまえの時間」より。

*17:オウィディウス『恋の歌(アモーレース)』第1巻3-4行「クピードーが笑って一本の脚を盗んだのだと人は言う」から。